yaplog!が終わってしまうので、「新・くまのひとりごと」(2012年12月31日から2019年8月5日まで)をココに保管することにしました。
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「それは子離れがどーとかじゃないんじゃない?」
先日、ウチの会社のメンバーのゆきちゃんに言われた一言だった。
みんみがひとり暮らしを始めたことを伝え、
「いやぁ―寂しいんだよね〜てへっ」
っつう感じで話をしたわけだ。
「周りから『子離れしなきゃいかんよ―』ってさんざん言われてるんだよ」
と。
すると、ゆきちゃんは一言、↑の台詞を放ったのだ。
「ん?ど―いうこと?」
「だって、20年以上もず―っと一緒に暮らしてたんだもの。
急に居なくなったら、それが誰であろうと寂しくなるのは当たり前でしょ?」
なるほど!
目からうろこである。
一緒に暮らしていた人が、いや、あるいは動物でも同じだろう。
その存在がある日を境にぱっと居なくなってしまう。
それは、素直に寂しいことなのだ。
子どもだろうと、親だろうと、夫だろうと、血の繋がらない人であっても、
22年という歳月を共に暮らしていた人が居なくなる。
それって、子離れできてないんじゃなくて、
「居なくなって寂しい」という大きなくくりで考えればいいんでないかな。
なんかね、「子離れできない自分」っていうのが、すっごく嫌だったんだよ。
自分の中でも周りからも否定されている気がして。
でもさ、ゆきちゃんの一言でとっても救われた気がしたんだな。
くま夫が居なくなった時も「寂しかった」。
でも、それは「寂しくて当たり前」という言葉で片付けられた。
「みんみは死んじゃった訳じゃないし(苦笑)
そんなに哀しむほど依存してちゃいけないよ。」
的なことを言われたこともある。
そりゃ、生きているのはもちろん分かっている。
でも、ちょっとそういうのとは違うんだよな。
「くま夫とはもう会えないけど、みんみとはまた会えるじゃない?」
そう言われる方もおられよう。
でも、会える距離なのに会えないのもなかなかどうしてしんどいのだ。
きっとね、時間が解決してくれると思うわけよ。
くま夫の時もそうだったから。
それに、まだもう一人手のかかる糸のない凧が居るし。ww
そうそう、みんみが居なくなって変わったことが沢山あるんだ。
「お菓子が減らない」
「アイスクリームの補充のインターバルが空いた」
「生協で注文する食材が激減した」
「トイレットペーパーの消費量が減った」
「寝坊しなくなった」
「愚痴をこぼすところがなくなった」
まだまだ他にもある気がするけど、
とりあえず、パッと頭に浮かんだのは↑のこと。
半分が食べモノ関連なのが笑えるな。
最近のむっくは、食事もそうだけど、
お菓子もあんまり食べなくなったんだよね―。
っていうか、みんみが異様に食べてたってことなんだね―。
「変わったこと」だけじゃなくて、これから「変えいていくこと」として、
「アタシの意識」って言うのも加えてみるかな。
子離れができなくて寂しいんじゃない。
一緒に暮らしていた人が居なくなったから寂しいんだ。
そういう意識でいれば、がんばれそうな気がするから。
てなわけで、そろそろラボに行く準備をしよう。
前期は水曜日をオフにしたむっくは、只今ソファで爆睡中。
昨夜はカラオケオールで楽しんできたそうな。
あたしゃ、まさかの5時起きで、おウチのことはオールクリア。
ってか、今日は朝風呂に入ったのとお洗濯のみだけど。
昨日お掃除した後、アタシ以外ウチに誰も居なかったからめっちゃきれいなんだもん。
これからはダイソン君の出番も一日おきでいいかもしれないなぁ。
おっ。忘れてた。
昨夜のゆかちんとのさし呑み画像を載せようっと。
ゆかちんは生ビール。
アタシは安定の緑茶ハイ@薄め。

パクチーとキュウリの和え物。
ごま油とお塩で味付けしてる感じかな?
アタシにはちょいと味が濃い目だったな―。

これを食べずにして何を喰らう!
と言ってもいいほど大好きな砂肝ポン酢ちゃん。

ゆかちんが大好きなトマト巻と、
アタシの大好きな豚串。
ふたりでシェアしますた。ww

タンドリーチキンのさいたヤツ。ww
今回の大ヒットでありんした。
マヨを添えているあたりが憎いぜ。
奥のクリームチーズはたくあんとクルミが混ざっているディップ。
お酒にあうあう。
へいさんのところのメニューは串モノ以外にも
バラエティーに飛んでいるところが嬉しい。

じっくり、まったり、3時間。
めっちゃステキングな時間を過ごせた。
ありがとね、ゆかちん。
さ、そろそろ出かけねばな。
そりでは、みなさま、雨の水曜日もはりきっていきませう。
先日、ウチの会社のメンバーのゆきちゃんに言われた一言だった。
みんみがひとり暮らしを始めたことを伝え、
「いやぁ―寂しいんだよね〜てへっ」
っつう感じで話をしたわけだ。
「周りから『子離れしなきゃいかんよ―』ってさんざん言われてるんだよ」
と。
すると、ゆきちゃんは一言、↑の台詞を放ったのだ。
「ん?ど―いうこと?」
「だって、20年以上もず―っと一緒に暮らしてたんだもの。
急に居なくなったら、それが誰であろうと寂しくなるのは当たり前でしょ?」
なるほど!
目からうろこである。
一緒に暮らしていた人が、いや、あるいは動物でも同じだろう。
その存在がある日を境にぱっと居なくなってしまう。
それは、素直に寂しいことなのだ。
子どもだろうと、親だろうと、夫だろうと、血の繋がらない人であっても、
22年という歳月を共に暮らしていた人が居なくなる。
それって、子離れできてないんじゃなくて、
「居なくなって寂しい」という大きなくくりで考えればいいんでないかな。
なんかね、「子離れできない自分」っていうのが、すっごく嫌だったんだよ。
自分の中でも周りからも否定されている気がして。
でもさ、ゆきちゃんの一言でとっても救われた気がしたんだな。
くま夫が居なくなった時も「寂しかった」。
でも、それは「寂しくて当たり前」という言葉で片付けられた。
「みんみは死んじゃった訳じゃないし(苦笑)
そんなに哀しむほど依存してちゃいけないよ。」
的なことを言われたこともある。
そりゃ、生きているのはもちろん分かっている。
でも、ちょっとそういうのとは違うんだよな。
「くま夫とはもう会えないけど、みんみとはまた会えるじゃない?」
そう言われる方もおられよう。
でも、会える距離なのに会えないのもなかなかどうしてしんどいのだ。
きっとね、時間が解決してくれると思うわけよ。
くま夫の時もそうだったから。
それに、まだもう一人手のかかる糸のない凧が居るし。ww
そうそう、みんみが居なくなって変わったことが沢山あるんだ。
「お菓子が減らない」
「アイスクリームの補充のインターバルが空いた」
「生協で注文する食材が激減した」
「トイレットペーパーの消費量が減った」
「寝坊しなくなった」
「愚痴をこぼすところがなくなった」
まだまだ他にもある気がするけど、
とりあえず、パッと頭に浮かんだのは↑のこと。
半分が食べモノ関連なのが笑えるな。
最近のむっくは、食事もそうだけど、
お菓子もあんまり食べなくなったんだよね―。
っていうか、みんみが異様に食べてたってことなんだね―。
「変わったこと」だけじゃなくて、これから「変えいていくこと」として、
「アタシの意識」って言うのも加えてみるかな。
子離れができなくて寂しいんじゃない。
一緒に暮らしていた人が居なくなったから寂しいんだ。
そういう意識でいれば、がんばれそうな気がするから。
てなわけで、そろそろラボに行く準備をしよう。
前期は水曜日をオフにしたむっくは、只今ソファで爆睡中。
昨夜はカラオケオールで楽しんできたそうな。
あたしゃ、まさかの5時起きで、おウチのことはオールクリア。
ってか、今日は朝風呂に入ったのとお洗濯のみだけど。
昨日お掃除した後、アタシ以外ウチに誰も居なかったからめっちゃきれいなんだもん。
これからはダイソン君の出番も一日おきでいいかもしれないなぁ。
おっ。忘れてた。
昨夜のゆかちんとのさし呑み画像を載せようっと。
ゆかちんは生ビール。
アタシは安定の緑茶ハイ@薄め。

パクチーとキュウリの和え物。
ごま油とお塩で味付けしてる感じかな?
アタシにはちょいと味が濃い目だったな―。

これを食べずにして何を喰らう!
と言ってもいいほど大好きな砂肝ポン酢ちゃん。

ゆかちんが大好きなトマト巻と、
アタシの大好きな豚串。
ふたりでシェアしますた。ww

タンドリーチキンのさいたヤツ。ww
今回の大ヒットでありんした。
マヨを添えているあたりが憎いぜ。
奥のクリームチーズはたくあんとクルミが混ざっているディップ。
お酒にあうあう。
へいさんのところのメニューは串モノ以外にも
バラエティーに飛んでいるところが嬉しい。

じっくり、まったり、3時間。
めっちゃステキングな時間を過ごせた。
ありがとね、ゆかちん。
さ、そろそろ出かけねばな。
そりでは、みなさま、雨の水曜日もはりきっていきませう。
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